頭の楽健法

  大城戸 有限齋

私は、セラピストではなく、楽健法の実践者でもありません
しかし、山内先生の「生き方」にわずかながら感応し、及ばずながら模倣をしてみたいと考えるものです、図らずも御縁なく、松山に帰還しましたが、それも時 節と巡りが到来しないことであろうと思います、世は天変地異、人心の荒廃、さながら「あはれ」を醸し出し、さてこそ「あはれ」はかようなことであったろう かと納得できかねる今日このごろです、フィジカルがあってこそのメタフィジカルというお教えには、痛く共感し、歯が痛いだけで心は鬱々となり、心の平安も どこかに彷徨するのが生身の私、その私を抱いて行方もわからぬ海を進んでいるのだと思うとき、ふと振り返った眼差しの先にかすかな灯台がほの見える、それ は確信を持って現世を過ぎてゆく人々の魂の明かりであろうか、そんな気持ちで皆さんの投稿を拝見させていただきたいと愚考しております
 
大城戸有限齋 拙文御海容のほど