頭の楽健法

    楽健法」についての考察   稲田 浩一


 「楽健法」の勉強を続ける中で感じていることは、これは単なる健康法なのではなく、「生命との対話」なのだ、ということです。もちろん、足裏を使って足 や腕の付け根を踏むことで血液やリンパ液の流れの循環を促進して健康な身体を取り戻す、という目的に疑う余地はありません。

 ただ、「野口整体」や「瞑想」などをこれまでに経験してきた自分は、「楽健法」にもまた、それらに通ずるものを感じています。踏み合いのなかで作り出さ れる空間は、気の交流によって高まり、ひとつとなって宇宙となり拡がっていきます。踏むことで身体に語りかけ、奥にある魂との対話へと導かれます。

 そして、「踏む・踏まれる」の垣根を越えてひとつとなり、瞑想状態に入っていきます。「二人ヨーガ」と名付けられる由縁もそこにあるのでしょう。
 「楽健法」とは、借り物の身体を丁寧に整え、その奥の「生命」そのものにふれ対話する作法、と捉えることに大きな間違いはないと思っています。
 多くの方に「楽健法」を体験していただけるようにこれからも精進してまいります。