頭の楽健法
     

染川 智勇


◯楽健法は、仏道そのものである◯

 私は、山内先生が創始なされた楽健法を学ぶにあたり、やはり密教理の立場で物事を考えます。
 仏教は、釈尊が悟りを得られてより、その悟りは師資相承として受け継がれておりますが、継承した弟子の悟りの表現は、必ずしもお釈迦様と同じ表現ではあ りません。特に大乗仏教では形に内在する真理を達観することを「空」と表しますが、般若心経では、悟りの形は表現できないものとして「色即是空」と表し、 逆に真理を形に表すことを「空即是色」と説明します。

 仏教では、人の生命は、「身・口・意の三業」で構成されると説きますが、この「身・口・意」で現れる欲望の生命エネルギーを、どのようにコントロールす るかが仏道修行の視点でもあります。大乗仏教では、この身・口・意働きを、煩悩として滅徐することに主眼を置いていましたが、密教では、どのように身・ 口・意が、仏の働きとしてどのように表していけるのかに視点を移し、「身密・口密・意密の三密」としての働きとして受け止めます。そして身・口・意の働き を受け止めると、そのまま煩悩だと思われた身口意は、生きたまま仏になるという即身成仏の形として動き始めるのです。山内先生は、楽健法を通して三密加持 の法を達成させたものと考えます。

 一つには、身密は足踏みを通して相手の肉体に生命エネルギーを活性化させます。多くの生徒はこの身密のみを見て楽健法と思われがちですが、実はそれは 1/3の行為であり、二つには足を踏みながら唱える真言が大切なわけです。これは「口密」であります。山内先生は、常に踏みながら真言を口・心に唱えてお られます。楽健法はただ単に巷の揉み解し行為ではない理由がここにあります。
 そしてもう一つ大切なことは、常にこの方が楽健法を通して、心身共に幸せになって欲しいと思う心構えです。これが「意密」であり、仏教の菩薩が一番大切 にしている精神「菩提心」であります。楽健法は相手の幸せのために踏まずにはおられないという菩提心によって行われなければなりません。たとえ足踏みの技 術が上手くとも、相手が幸せになって欲しいと願う心がないと、やはり楽健法の最大の成果は得られないのです。

 この身密・口密・意密の三密の行為が揃って、初めて楽健法の最大の成果が得られるものであると考えます。そして、楽健法の受者の健康増進以上に、踏んでいる楽健法施術者こそが最高の利益である即身成仏を達成しているものであるといえます。
 山内先生が目指された楽健法は、弘法大師さまが目指された三密加持の即身成仏と同じであるといえます。

合掌