頭の楽健法

村澤 昭子

私たちは日々目に見えるもの、手足に触れるものだけが現実であると思うフィジカルな世界に生きています。
楽健法においても、施す側も施される側もともに、どこ悪いどこが痛いと目先の視力による判断を
しがちです。
耳で聞いた情報を鵜呑みにし、自分の感覚で判断せずに洗脳されてしまうこともあります。
それは常にとても危険な事です。
なすべきこと(踏むべきところ)が見えてくるものだと感じています。
そして、人間である限り誰もが悲しみ苦しみを必ず持っていると思っています。
それを気付くか気付かないか、出すか出さずに封じ込めるか、重く感じるかまたは何でもない事のように
振舞えるか個人差が物凄くあるものだと考えています。
楽健法をしていて良く感じることは、心のしこりが体を硬く冷たくしていることが多いことです。
メタフィジカルがフィジカルに影響を及ぼしているのでしょうか。
何もない人はこの世には一人もいませんよね。
そしてそれを頑張って生きていく上でどのように表現できるかどうかでもあると思います。